有馬温泉の南の端に太閤秀吉の愛した清水があったという伝説がありました。有馬在住の磯部道生氏が古文献を頼りに約二年間も山中を探し歩き、漸くその清水を再発見しました。以下は、この清水に関する古文献です。

 

1672年 「有馬私雨抄 迎湯有馬名所鑑」


01_takatuka高塚の清水は有馬三水の内なり。湯本より南の山中にあり。いさぎよく、いと冷ややかにて味わい又すぐれたり。関白秀吉公御入湯の為、有馬におわしましし内、御茶の水に此清水を呑きこしめされ、御帰城の後も大坂より常々汲みにこさしめ給えり。如何なる日てりにても、いささかもかわく時なし。さるによって此清水、独鈷清水、筒井清水、是を有馬三水といい、其の内の第一なり。

暑き日に往来の人のまつとふや
名も高塚の清水いつこと  光重

汲とりし跡に飛ほとわき出るや
はし高塚の清水なるらん  行安

 

1701年 「摂陽群談」


筒井清水 有馬郡上津村にあり。所伝云、昔筒井氏山荘の旧地を以て、号え云へり。
高塚清水 同郡湯山にあり。所伝、筒井に同じ。
独鈷清水 同郡名塩村にあり。所伝云、弘法大師是大厳道に曲り、旅人の煩を救んため、
独鈷を以て傍に刎落して、往来を安からしむ。其独鈷の当る所、流水湧き出す。因て号之。
一名戸窪清水とも云へり。
以上三の清水を指て、有馬三水と称す。

 

1716年 「有馬温泉記追記」


高塚の清水 湯所より南の山中

 

1720年 「五畿内志」


高塚の秀水 在湯山町

 

1796年 「摂津名所図絵」


湯山にあり。有馬三名水の其の一つなり。名義不詳

 

1815年 「有馬温泉由来記」


高塚の清水。鼓ヶ滝上三四丁斗り山手にあり、岩穴より水でる
有馬三水の一つにして炎天にも氷を握るが如し。太閤秀吉公此の地に御入湯の砌、御茶の水に汲ましめ給ふ。御帰城の後も大坂より常に汲みに越さしめ給ふとかや。
有馬三水は、いわゆる高塚の清水、独鈷清水、筒井清水なり。独鈷清水は名塩村の内、京大坂より丹州摂州へ行き通ふ道なり。いにしへ弘法大師末世には往来と成るべき地なり。人馬の労を助けんと独鈷を持って岩を穿ち給へば、忽ち湧き出しとなり。

筒井清水は上津村の畑中にあり、播州赤松道 長尾谷にあり。古へ当国の領主より人を制し谷水の滴り入らざるように井筒の構えけるとなり。

 

1884年 「湯山町誌」


01_kumu本町の南方、鼓ヶ滝より上ること三丁の山間にあり、岩孔より清水流出す
本郡中三水の一にして往時豊臣氏入湯中、汲みて以て茶用の飲水とし、帰城の后も使節を以て汲み帰りしと古老の古伝あり。

1月 温泉入初式


有馬温泉を興した大恩人に感謝する行事で、毎年1月2日に行われます。

02_1-1 【行 列】
湯泉神社の大己貴命(大国主命)の御神体と温泉寺に伝わる行基・仁西の木像を輿に乗せて、神職、僧侶、旅館の主人、芸妓の扮する湯女が付き従って式場(有馬小学校)へと向かいます。
02_1-2 【湯もみ】
太鼓の調子に合わせ、湯女が初湯をもんで適温まで冷まします。
02_1-3 【沐 浴】
行基・仁西に感謝して初湯を注ぎます。
02_1-4 【踊 り】
入初式の歌に合わせ、芸妓が舞を披露します。
【祓行事】
床に撒いた米を若松で掻き寄せ、白紙に包んでお守りにします。
02_1-5 【戻せ返せ】
入初式が終わって帰る輿に湯女は「戻せ返せ」となごりを惜しみ、輿は行きつ戻りつします。
【入初式の歌】
枝も栄ゆるわか緑 仰ぐにあかぬ御代ぞひさしき
滝の白糸いとしうてならぬ ゆるせ主あるわが片袂
落葉山こそ名所なり めでたし めでたし 打ちましょ 打ちましょ

 

4月 桜まつり


02_4-102_4-2 4月上旬から親水公園や善福寺のイトザクラ、有馬河畔の桜がライトアップされ、親水公園では桜まつりが開かれます。
(毎年日が違うため、お問い合わせ下さい。)

 

6月 有馬川とホタル


02_6 5月下旬?6月下旬にかけて、有馬川ではホタルの舞う光景が見られます。有馬小学校の生徒が年々増やしており、有馬温泉の初夏の美しい風物詩となっています。

 

6月 沙羅の花と一弦琴の鑑賞会


02_6-2 6月中旬、沙羅の花(ナツツバキ)の盛りの頃に開かれます。わずか一日で落下する真っ白な沙羅双樹の花は一弦琴の調べとともに人々に無常の心をかきたてます。

 

7?8月 ありま涼風川座敷


arimagawa02 7月下旬から一ヶ月間、有馬川の川床に屋台が並びます。川風に吹かれながら、お料理に舌鼓というのがお目当てで来られるお客様も年々多くなっています。

 

11月 有馬大茶会


02_11 有馬を愛した太閤秀吉は千利休らと度々茶会を開きました。これを偲んで、11月2日と3日に表千家と裏千家が毎年交代で善福寺にある秀吉の位牌にお茶を供えます。また、紅葉の瑞宝寺公園では野点が、寺院や旅館では茶席が設けられます。丁度この頃、有馬の紅葉シーズンが始まります。

 

11月 有馬観楓碁の会


日本棋院の昇級昇段認定大会として毎年11月上旬の日曜日に有馬温泉で開催されます。200人が参加し、プロ棋士と少年棋士の記念対局や指導碁が行われます。

12月


02_12 山に囲まれた有馬温泉では、降る雪の中に泉源から立ち上る湯煙が有馬をしっとりとした情感で包み込みます。有馬の高台にある龍泉閣では、雪の日には、遠く北摂の雄大な山並みを背景に「雪見露天風呂」をお楽しみいただけます。

 

有馬の四季

作詞:吉井勇    作曲:杵屋六佐衛門


03_shiki
春霞たなびくあたりあたご山 有明桜ほのぼのと
この世からなる極楽寺 恋の願ひをかけまくもあやに
かしこきみほとけや 歌舞のぼさつのこれならで
夏ともなれば 遠まゆの匂ひ床しき湯女姿
共に手を取り打ち連れて 蓬莱峡に遊ばまし
六甲川の朝露も いつしか晴れて日暮しの庭に
もみぢを焚きてくむ 情有馬の月見酒
雪の武庫野の奥深くと めぐり行けば湯けむりに
早くもいつか夢ごこち こたつ布団もなまめきて
ついころび寝のしょんがいな

 

有馬音頭

作曲:中山晋平    作詞:西条八十


03_arimaondoハァー有馬立つときやイッチョサノサ
有馬立つときや身二ツほしやヨイヨイヤサノサ
残しおく身とホンニソヤナイカ
帰る身とイッチョサノサ
「サアサイッチョイッチョ、イッチョキタサノサ
サアサイッチョイッチョハイノハイノハイ」

ハアー便りおくれとイッチョサノサ
便りおくれと口では云えずヨイヨイヤサノサ
そっともたせるホンニソヤナイカ有馬筆イッチョサノサ
「サアサイッチョイッチョ、イッチョキタサノサ
サアサイッチョイッチョハイノハイノハイ」

ハアー泣いて別れたイッチョサノサ
泣いて別れた杖捨橋の
すてと云う字が気にかかる
「サアサイッチョイッチョ、イッチョキタサノサ
サアサイッチョイッチョハイノハイノハイ」

ハアー有馬恋しやイッチョサノサ
有馬恋しや六甲の霧に
ぬれた湯町の遠灯
「サアサイッチョイッチョ、イッチョキタサノサ
サアサイッチョイッチョハイノハイノハイ」

 

風流有馬音頭

作詞:吉井勇    作曲:杵屋六佐衛門


03_furyu有馬風流 湯の香に酔って
温泉(いでゆ)踊りを ひとおどり
情ありげの 袖つき目つき
何でこのまま 帰らりょか
(サッサヨイヤサ有馬は湯どこ
いでゆ繁昌の声がする
サッサヨイヤサ ヨイサッサ)以下、繰り返し

六甲おろしが 吹くともよしや
またもゆきたい 有馬の宿へ
湯女の櫛巻き とりあげ髪の
婀娜な姿が 忘られぬ

むかし太閤 茶の湯のあとも
今じゃ二人の 思いの種よ
伽羅の枕に 泊まりをかさね
有馬湯どころ 恋いどころ

 

小唄 ありまふじ


03_arimafujiござるまいかよ有馬の松へ
情け色くさ小紫
たのむえにしの長ぶさや
藤にまかれていつまでも
変えぬ操を神かけて
しょんがえ

 

新有馬小唄(竹庵)

作詞/編曲:尾崎華泉


03_shinkoutaお医者様でも有馬の湯でもナーヨエー
なほらぬ病は想ふお方と添や治る
「町の竹庵さじを投げ有馬の湯治四十五日」
箱入り娘の恋やまひ

有馬桜と十七娘ナーヨエー
だれも見たがる咲いた所を折りたがる
「町の竹庵さじを投げ有馬の湯治四十五日」
箱入り娘の恋やまひ

 

有馬茶音頭(有馬節)

作曲:尾崎華泉


03_chaondo松になりたや 有馬の松に
藤に巻かれて 寝とござる
*温泉有馬にどんと湧いたよ

花になりたや桜の花に
色にもつれて ねと御ざる
*温泉有馬にどんと湧いたよ

露になりたや 袂の露に
消えぬ憂き身のかこち草
*温泉有馬にどんと湧いたよ

 

有馬湯の街

作詞/作曲:尾崎華泉


03春は有明糸ざくら
咲きみだれたる藤の花
ア…松になりたや
巻かれたや
「有馬湯の街恋の街恋の街」

夏は涼しや鼓滝
滝の白糸いとしうて
ア…なりたや
末は夫婦滝
「有馬湯の街恋の街恋の街」

秋は山々紅葉して
夜半の枕に河鹿鳴く
ア…月も一人は
さえぬもの
「有馬湯の街恋の街恋の街」

冬は落葉の雪景色
湯の香なつかし雪見酒
ア…二人しっぽり
とけました
「有馬湯の街恋の街恋の街」

03_yukimizake

 

有馬旅情

作詞:馬杉みのる    作曲:土田圭四郎    歌:島倉千代子


03_ryojou(1)山の向こうの しあわせを
たずねて越える 六甲の
風もさやかな ハイウェイ
若いこころが ときめくよ
まねく有馬の 湯けむりに

(2)坊と呼ばれる 湯の宿に
あなたと呼べぬ もどかしさ
月も紅さす ハネムーン
妻と初めて 宿帳に
しるす有馬の 筆いとし

(3)かわす契りも 薬師堂
鼓が滝に 肩よせて
写す二人の シルエット
胸に焼きつく 思い出が
燃えて有馬の 夜がふける

舒明天皇 三日月のしほ湯にうつる影見れは
かた輪のなおる七日七日に
柿本人麻呂 みな人のかさにぬふてふ有馬菅
ありての後もあはんとそ思ふ
坂上郎女 なけきつゝ我なくなみだ有馬山
雲井たなびく雨にふりきや (万葉集)
和泉式部 元よりも塵にましはる我なれは
月のさはりとなるそ物うき (有馬小鑑)
小野小町 有馬ふじふもとのきりは
海ににてなみかととへは
をのゝ松かせ
大弐三位
(紫式部の娘)
有馬山いなのさゝ原風ふけは
いてそよ人をわすれやはする (百人一首)
仁西上人 有馬山まだあかつきは程遠し
なおかきたてよのり法のともしひ (有馬小鑑)
藤原俊成 有馬山雲間も見えぬ五月雨に
いて湯の末も水まさりけり (五社百首和歌)
藤原定家 ゐな山の山の雫も色づきて
時雨もまたず更けくる秋かな (捨遺愚草員外)
有馬山おろす嵐の寂しきに
霰ふるなりゐなのさゝ原 (捨遺愚草員外)
足利義詮 有馬山雪気の空に風冴えて
霰玉ちるゐなのさゝ原 (宝筴院殿御百首)
宗 祇 有馬山薬師の鐘の声きけは
諸病無病ときくそたうとき
読み人知らず 有馬山諸国のふしをうたう湯女 (1763年、宝暦13年)
西行法師
津の国の鼓が滝に来てみれば
岸辺に咲けるたんぽぽの花
沢 庵 すみ濁る心はふたつ荒川の
滝見るときはたきの白糸
秀 吉 月も日もいのち有馬の湯にうつり
やまひはなしの花とちりけり
つもりきて今こそまいるごくらくへ
只一すぢにみだのじょうどへ
本居大平
(本居宣長の養子)
津の国の有馬の山に出づるゆの
塩湯のみゆの出湯しよしも (有馬日記)
蓮 如 さかこしてゑにし有馬の湯舟には
けふそはしめて入そうれしき(有馬道の記)日数へて湯にやしるしの有馬山やまひもなおりかへる旅人(有馬道の記)
老の身の命いままでありま山又湯入らん事もかたしや(有馬道の記)
本居宣長



出ゆかば心ありまの水ぐきぞ

     よにもあやしくわき出にける






有馬筆ひょいと出たる言のはも

     人形よりはめづらしきかな
竹久夢二有馬笠笠に姿はつつめども

       わが恋妻は人も知りきや (山へ寄する)
高浜虚子六甲の裏の夜寒の有馬の湯
五十嵐播水有馬籠 編む夏のれんふくれつつ
大和飛鳥時代 舒明天皇  孝徳天皇  柿本人麻呂
奈良時代 行基
平安時代 和泉式部  藤原道長  白河法皇  後白河法皇
小野小町  在原業平  西行  仁西
鎌倉時代 藤原定家
室町時代 足利義満  足利義輝  蓮如
安土桃山時代 豊臣秀吉  豊臣秀次  北政所  千利休  小早川隆景
前田利家  織田信雄  柴田勝家  羽柴秀長
石田三成  今井宗久  蒲生氏郷  細川幽斉
黒田如水  顕如
江戸時代 黒田長政  徳川頼宣  徳川義直  林羅山  柳生宗矩
井原西鶴  近松門左衛門  貝原益軒  本居大平
歌川国貞  伊能忠敬  頼山陽
明治以降 福沢諭吉  土屋文明  井上馨  山形有朋
後藤象二郎  伊藤博文  幸田露伴  新渡戸稲造
西園寺公望  近衛文麿  竹久夢二  正宗白鳥
蒋介石  宗美齢  高浜虚子  富田砕花  窪田空穂
横光利一  斎藤茂吉  谷崎潤一郎  吉川英治
木下利玄  川田順  吉井勇  グレース・ケリー
司馬遼太郎  筒井康隆  田辺聖子
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